見た目のインパクトが強烈なおかめ像です。
千本釈迦堂(大報恩寺)
千本釈迦堂の場所は、大きな通りに面していない住宅街。
狭い一方通行で、見逃してしまうかも。
境内に無料駐車場・駐輪場あり、クルマは西の七本松通りから入ります。
正面は狭いですが、中は開けています。
境内東におかめ像、まあまあ大きくてインパクトあり。
長いのでwikiの短文のおかめの物語。
本堂を造営する際、大工の棟梁であった長井飛騨守高次が代りのない柱の寸法を切り誤ってしまい困っていた。それを見た妻のおかめが斗組を用いたらどうかとひと言アドバイスし、その結果無事に竣工させることができた。しかしおかめは女の提案で大任を果たしたことが知れてはと上棟式を待たずに自害してしまった。高次は妻の冥福を祈り宝篋印塔(おかめ塚)を建て、おかめの名にちなんだ福面を付けた扇御幣を飾ったとされる。その後、大工の信仰を得るようになり今日でも上棟式にはお多福の面を着けた御幣が飾られている。度重なる戦乱にも残った本堂とも結びつき厄除、招福のおかめ信仰につながっている。
有能な人の損失です。
報恩時
千本釈迦堂(大報恩寺)から東へ行くと、鳴虎図で有名な報恩寺という寺があります。
鳴虎図は、後柏原天皇より下賜された大軸物の絵で、豊臣秀吉が聚楽第へ持ち帰ったところ、夜毎に虎が吠えたため、寺に返したという伝説が残っています。
鳴虎図の公開は、12年に一回、寅年の正月三が日のみ。
黒田官兵衛(如水)、長政について書かれていますが、千本釈迦堂(大報恩寺)についてはな記載なし。
寺名が似てるだけでしょうか。